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核融合用タングステンへのレーザー照射による結晶構造の変化を追跡(上原日和准教授らの成果)

 本研究所・可知化センシングユニットの上原日和准教授は、核融合材料を対象としたレーザー加工の研究を推進しています。今回、タングステンの表面改質に関する原著論文が、学術雑誌「Nuclear Materials and Energy」に掲載されました。ここでは、当該成果の概要を紹介します。


 上原日和准教授と楊浩天氏(総研大5年生)らは、これまでの研究で、核融合用(ITERグレード)の純タングステンにナノ秒Nd:YAGレーザー(第二高調波:波長532 nm)を照射して、マイクロメートルオーダーの加工特性を評価してまいりました。アブレーション率やアブレーションしきい値といった各種加工パラメーターのほか、クラックの形成や堆積などの表面改質特性を詳細に明らかにし、フェムト秒レーザー加工との比較をおこないました。

 今回の研究では、これまでの微細加工形状の評価から、よりミクロな組織観察に踏み込み、ナノ秒YAGレーザー照射によるタングステンの結晶構造変化を追跡しました。原子レベルのミクロな材料構造を知ることは、熱・機械特性、その他さまざまな材料物性を知ることに直結します。

 ナノ秒YAGレーザーを純タングステン表面に照射して、直径約50 μm・深さ約50 μmの穴を形成したのち、集束イオンビーム加工/電子ビーム観察装置(FIB-SEM)を用いて、穴の中心付近を横切るように断面を切り出し、さらにイオンビームで断面を平滑化しました。その後、同装置にて電子線後方散乱回折(EBSD)法で、レーザー加工痕周辺の結晶方位を解析しました。得られた結晶方位像を図1に示します。使ったタングステン試料は、圧延加工によって機械的に強化されているため、結晶粒(グレイン)が面内方向(図の横方向)に引き延ばされた結晶構造となっています。一方で、レーザー加工痕近傍(図の上部)では、丸形に近い結晶粒が多数確認され、レーザー照射による結晶構造の変化が確認されました。

図1 レーザー表面改質したタングステンの断面における結晶方位像(研究所のFIB-SEM装置を利用。EBSD検出器が搭載されており、FIB加工領域の結晶解析が可能)

 図2の左のグラフは、結晶方位像から各結晶粒のアスペクト比(面内の伸び率)を計測して、その体積分布を深さ位置ごとに並べたものです。加工穴の底面からの距離が10~50 μmと近いとき、アスペクト比の小さな結晶粒が大半となっているのがわかります。また、すべての結晶粒界に対する、方位差が大きな大傾角粒界の占める割合を解析し、計測位置の深さに対してプロットしました(図2右)。方位差が15°以上の大角粒界の増加は再結晶化の指標となっており、加工穴から約100 μmの領域において、再結晶粒が生じていることを見出しました。

 金属の電子-フォノン結合時間よりもパルス幅の短いフェムト秒レーザーによる非熱的加工と異なり、ナノ秒での加工は熱拡散の影響を受けやすいことが知られています。そのため、アブレーションによる除去部の外側に溶融部もしくは再結晶部が生じたものと推測されます。しかしながら、図1からもわかるように、今回、再結晶で生成された結晶粒は直径数 μm程度の小さなものがほとんどであり、一次再結晶の初期段階で粒成長が止まっていることが示唆されました。これは、ナノ秒という加熱時間の短さや、タングステンへの可視光侵入長の短さに主に起因しているほか、タングステンの再結晶温度・融点の高さや熱伝導度の高さもプラスに働いたものと考えられます。

 マイクロビッカース硬度計でレーザー照射部近傍から無影響部にかけての硬さを測定した結果、図3に示すように、レーザー照射による有意差は確認されませんでした。一般的に、再結晶ののち結晶粒が肥大化することによって機械強度が大幅に低下することが知られていますが、今回は上述のように粒成長が阻害されており、劣化に至らなかったものと思われます。

図2 (左)結晶粒のアスペクト比の面積分布。穴からの距離が近くなるほど低アスペクト比の結晶粒が増加する。 (右)試料の各測定位置における大角粒界の占める割合。レーザー照射痕から約100 μmの領域で大角粒界が増加しており、再結晶粒が生じているものと予想される。
図3 レーザー表面改質したタングステンのビッカース硬度。照射部近傍においても硬さに変化がなかった。

 上原准教授らによる一連の研究によって、核融合用タングステンのレーザー加工特性が、ミクロ(結晶構造)~マクロ(加工形状)にわたった視点から詳細に解き明かされされました。このことは、将来的に、プラズマ対向材料の高度化や、核融合炉建設におけるレーザー微細加工の導入促進などに貢献するものと期待されます。また、上原准教授は、タングステンのレーザー表面改質技術を導入した新たな接合法を提案しており、当該研究を対象としたクラウドファンディングもおこなっています。皆様からのご寄付をお待ちしています。

https://www.nifs.ac.jp/kikin/menu-projects01.html

【論文情報】

Nuclear Materials and Energy Vol.40, p.101688 (2024年6月7日掲載).

https://doi.org/10.1016/j.nme.2024.101688

題目: Effect of nanosecond laser irradiation on tungsten grain structure (核融合用タングステンの結晶構造のナノ秒レーザー照射影響調査)

著者:上原日和*(核融合研)、 楊浩天*(総研大)、安原亮(核融合研)、能登裕之(核融合研)、永田大介(核融合研)、時谷政行(核融合研)、川口晴生(核融合研)、鈴木千尋(核融合研)、宮川鈴衣奈(核融合研、名工大)

お問い合わせ: 可知化センシングユニット長 uehara.hiyori@nifs.ac.jp